自転車乗りのためのパン屋「田所パン」で腹一杯夢一杯

自転車乗りのためのパン屋「田所パン」で腹一杯夢一杯

サイクリストに人気急上昇、千葉の「田所パン」

自転車乗りに大切なもの……それは、補給食!長い距離をバテずに走るためには、エネルギー補給は欠かせない。
糖質と炭水化物を手軽に補給できて、しかも美味しいパンは、サイクリストに人気の軽食だ。コンビニやスーパーで買った菓子パンで一服、誰しも経験があるだろう。

そんなサイクリストにおすすめのパン屋が、千葉県佐倉市にある「田所パン」。
この田所パン、ただの美味しいパン屋ではない。「自転車乗りのためのパン屋」として、人気急上昇中なのだ。
なんと市外からはおろか、田所パンでパンを買うために県外からロングライドしてくるサイクリストまでいるという。

その人気の秘密とは? 本誌記者が取材に向かった。

都心から自転車で2時間、千葉の住宅街にその店はあった。

サイクリストのためのパン屋をサイクル誌の記者が取材するのに、車や電車では面白くない。せっかくなので、編集部からロードバイクで向かってみた。
距離はおよそ45km、所要時間はゆっくりめに走って2時間程度。朝一番に出発し、ハンガーノックを避けるために適度に補給しつつ、いい具合に腹を減らして田所パンに到着したのが、午前11時過ぎのことである。

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外観は住宅街にある普通のパン屋だが……

さて、自転車乗りにとっての大きな問題は駐輪場。ロードバイクは高価なものだから、そこらにホイホイ停めていくわけにはいかない。店内から目の届く場所で、駐輪させて貰える場所は……とキョロキョロしていたところ、こちらの様子に気づいたのか、店員さんが出てきてくれた。

「オウ、自転車ならこっちだぜ」

エプロンが小さく見える体格の、若い男性店員である。フランクに笑って指差されたのは店の裏手。裏に駐輪場でもあるのだろうか? しかし目の届かないところは……と思いつつ、案内されてびっくり!
なんと店の裏手にはもうひとつ入口があり、そこには「自転車専用入口」と書かれていたのだ。

招かれるまま自転車専用入口を潜り、さらにびっくり。店内の一角を広く使って、自転車用のラックと、ヘルメットなどの荷物掛けが用意されている。隅にはカーテンで区切られたスペースもあり、汗を拭いたりジャージを着替えるのに使っていいらしい。
その隣がイートインコーナーになっており、買ったパンやコーヒーなどの飲み物をその場でいただくこともできる。店の中央にレジがあり、美味しそうなパンがずらりと並ぶ陳列台はその奥、正面入口を入ってすぐのところにある。汗臭いサイクリストがいきなりずかずかと入店して一般のお客さんに迷惑をおかけしないのは嬉しい作りだ。(長距離を走ったあとのおっさんサイクリストは普通のお店ではしばしば肩身が狭いのである。)

美味しそうなパンの匂いに早速腹がぐうぐう鳴り始める記者だったが、先に名刺を出して自己紹介。事前に取材のお願いはしてあったが、自転車で行くとは言っていなかったので少々驚かれてしまった。(こんな格好でスミマセン)
着替えをさせてもらい、取材と記者の昼食を兼ねて、まずは自慢のパンをいただくことに。その後、お店の人の話を伺うことになった。

美味しそうなパンがズラリ!

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トレーを持ち、トングを構えて陳列台に。昼時に備えてだろう、焼きたてのパンがズラリと並び、もう匂いからしてたまらない。昼食なので、総菜パンを中心とした一角に突撃した。
悩みに悩んで購入したのは以下の3品。

  • ごろごろイモと厚切りベーコンのジャーマンポテトドッグ
  • 定番!名物!昔ながらのカレーパン(辛口)
  • 全部入り欲張り4段サンドウィッチ

昼食にパン3つ? 全然足りないじゃん、と言うなかれ。
こちらが購入したパンの写真である。

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ドーン!!
見よ、このボリューム感。(※写真はイメージです)
特に4段サンドがすごい。成人男性の記者が両手で掴んで余る大きさなのである。かぶりつくのも一苦労だ。

この田所パン、商品のひとつひとつが大きめなのも特色のひとつ。それでいて価格はそれほど高くない。たっぷり運動して腹を空かせた自転車乗りには嬉しいところだ。

なお、そんなにたくさんは食べられないが種類を楽しみたいという(主に女性の)要望により、人気の高いパンはハーフサイズでも販売されている。またイートインの場合、レジでカットをお願いして数人でシェアすることも可能だ。

記者は男一人の孤独なライドなので、そのまま豪快にかぶりつかせていただいた。

おお……これは美味しい! しゃきしゃきしたレタスやきゅうり、パプリカ、スライスオニオンといった野菜類と、ローストビーフ、厚切りハム、炭火焼きチキンと三種揃い踏みのジューシーな肉類がこれでもかと詰め込まれ、それらの具に負けない、分厚くずっしりとした生地のパンが全体をまとめあげる。これ一つで、カフェでパンとサラダとメインのランチセットを食べているような大満足の一品だ。

続いてはカレーパン。昔ながらのシンプルな見た目だが、やはりズッシリとした重みがある。揚げたてあつあつのパンにかぶりつくと、なんと中からはひき肉たっぷりのキーマカレー!これまた嬉しい驚きである。商品名通り、辛口の味付けなのもいい。

ジャーマンポテトドッグも名前通り、豪快なカットのジャガイモとベーコンが、大きなパンに溢れんばかりに詰め込まれている。味付けはマヨネーズとマスタードが主役のガッツリ系。そしてもちろん、フランスパン系のカリッとした固めのパンも、おかずに負けない存在感だ。

どれもたまらなく美味しく、しかもボリュームたっぷり。都心のオシャレなベーカリーだと、パン3つとコーヒーではおやつにしかならない記者(ややメタボ)だが、田所パンの惣菜パンはしっかりとした昼食になった。
これは遠方からわざわざ買いに来るのも肯ける。記者のオフィスの近くに引っ越してきて欲しいくらいだ。

しかし、田所パンが自転車乗りのためのパン屋と呼ばれるのは、これだけが理由ではない。

「自転車乗りのためのあんパン」

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(パン制作・撮影:舞響様)

満を持して登場したこちらがサイクリストに大人気の、田所パンの目玉商品。
その名も「自転車乗りのためのあんパン」(1個80円、1袋10個入り750円)である。

サイズは田所パンの商品としては小さめ、片手にちんまりと乗るほどだが、見た目よりはるかにずっしりとした重量感だ。

割ってみたのがこちらの写真。

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(パン制作・撮影:舞響様)

見ての通り、パン生地には気泡が少なく、みっちりと詰まっている。
このパン生地は全粒粉とライ麦を使用し、天然酵母で発酵。サイズは小さくとも食べ応えは充分だ。
さらに中に詰まったあんも特製。砂糖をたっぷりと加えてよく練ったあんは、自転車乗りに大切な糖分をしっかりと補給してくれる。塩も通常よりやや多めに加えられているので、塩分補給にもなるし、なにより甘ったるすぎずに実に美味しい。塩大福の美味しさを思い出していただき、それをぎゅっと2倍濃縮したような味わいだ。

ひとつひとつは小ぶりなのでぱっと食べ切れ、しっかりとしたパンなので背面ポケットに入れてもそれほど潰れない。汗などで汚れるのが気になる人には、パンを包むパラフィン紙も用意してくれるという、至れり尽くせりの商品である。
しかも補給食としてパンを採用するときの最大のデメリットであるパサつきも、できるだけ感じないように工夫されており、喉が渇く感じもそれほどない。

このパンのために週末のライドでは必ず田所パンに立ち寄るというサイクリストも多いという、「自転車乗りのためのあんパン」。
もちろん自転車乗り以外にもファンが多く、特に育ち盛りのお子さんやその母親にはおやつとして人気が高いとか。

若き跡継ぎの語る、自転車乗りのパン屋が生まれたワケ。

昼時の賑わい始めた店内を軽く取材してから一旦その場を離れ、午後の比較的空いた時間にお話を伺った。

自身もサイクリスト。若き二代目が目指した「自分のためのパン屋」。

取材に応じてくれたのは先ほどの大柄な若い男性店員。実は彼、この田所パンの店長の息子さんだ。
田所迅さん、25歳。自身も自転車乗りだという。

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「この店はオヤジが始めたんですけど、まあぱっとしないパン屋でね。『おいおまえ、なんかアイディアねえか』って言うもんだからちょっと考えて、『オレみたいのが通いたがるようなパン屋にしてくれよ』つったんですよ。したら『それだ!』って」

大柄な体格を裏切らず、大食漢だという田所さん。今よりさらによく食べていた高校時代、毎日巨大な弁当箱を学校に持参していたが、それでも足りない。購買でパンを買うこともあったが、1つ2つでは物足りなかった。そうした経験を踏まえて、よく食べる男性向けの満腹案のある商品を、というのが最初の思いつきだったらしい。
父親である店長がボリュームたっぷりの大きな総菜パンを作り始めたところ、これがかなりのヒット。もちろん迅さんもよく友人らを連れてきたそうだ。

そこで話題に上がったのが、駐輪場問題。高校で自転車部に所属し、どこに行くにもロードバイクで移動していた迅さんやその友人たちには、サイクリストに共通である駐輪場所という悩みがあった。高価で軽量なロードバイクはしばしば盗難トラブルが起きる。安心して駐輪できる場所がないと、おちおち店内で買い物もできないのだ。

迅さんが友人を連れてくる際には隣接する自宅のガレージを使っていたが、迅さんが高校卒業を控えて部を引退してからはそうもいかなくなった。
ある日、店を訪れていた後輩が、駐輪の悩みをぽろっと漏らしたという。

「で、『オヤジィ、店内にチャリ置けるとこ作ろうぜ。ついでにこいつらが店ん中で食べていける場所も』『オウ、いいじゃねえか』ってなもんで」

当時のやりとりを再現して、迅さんは豪快に笑った。
ちょうど、イートインコーナーのあるベーカリーが周辺に増え、田所パンでも検討していたタイミングだったそうだ。そこで店舗の一部を改築。どうせやるなら徹底的にというわけで、駐車場の一部をつぶして店舗面積を拡大し、自転車専用の入口とラック、イートインコーナーを作るに至ったらしい。

「後輩はえらく恐縮しちまいましたけど、うちとしちゃもう一押し店の特色出したかったところで、渡りに船だったんすよ。『ありがてェと思ってくれるんなら、おまえらちょいちょい通ってくれよ』っつってね。したらアイツら、ほんとにしょっちゅう通ってくれて。学校のサイジャでドヤドヤ来て、ガーッて買い込んでダベって行くわけで、したら目立つんすわアイツら。なんだなんだって注目されてね」

照れ笑いで述懐する迅さん。後輩たちが通ってくる様子は周辺住人や近在の自転車乗りの目を相当に惹いたそうだ。

なにしろ、田所さんの出身校は千葉県立総北高校。インターハイ優勝を幾度も成し遂げた自転車名門校である。
いや、それだけではない。すでにここまででお察しのかたもおられるだろうが、千葉総北高校といえば、チームYWPD入りで話題となったハイケイデンスクライマー・小野田坂道(22)の出身校。そして現在25歳の迅さんは、小野田選手が入部した当時の3年生であり、彼がインターハイで優勝した神奈川大会のレギュラーメンバー。栄えある初日スプリントリザルトを獲った、すなわち高校最速の称号を得たスプリンターなのである。
そんな彼の実家であるパン屋に自転車専用のコーナーが作られ、マイヨ・ジョーヌを思わせる鮮やかなイエローの総北ジャージをまとった後輩たちがしばしば立ち寄るのである。サイクリストや自転車ファンの間で話題になるのも当然だろう。

総北高校自転車競技部御用達として話題に。

改装が終了したころには小野田選手も部を引退し、ほどなく東京の大学に進学したが、実家はすぐ近所。千葉の自宅から秋葉原まで小ギアのシティサイクルで毎週通っていたというのは小野田選手の有名な逸話だが、その習慣でしばしば帰省しては後輩や友人たちと部の練習コースを走り、田所パンにも顔を見せていたという。小野田選手や、同じく後輩の鳴子章吉選手や今泉俊輔選手ら、彼らが連れてきた友人など、一流のサイクリストが集う店となった田所パンは、サイクリスト間のネットワークやSNSなどを通して、周辺地域を越えてクチコミで広まっていったのである。

昨年秋から販売を始めた前述のヒット作「自転車乗りのためのあんパン」も、店に集う一流サイクリストたちとの交流から生まれた商品だ。現在は第二段として「自転車乗りのためのクリームパン」を準備中だという。

「クリームの加減が難しいんです。このあんパンと同じくらい食べ応えのあるやつにしねぇと」

職人らしいこだわりを見せる迅さんだが、休日は彼もまたひとりのサイクリスト。自慢のパンをたっぷりと持って走り込み、しばしば大会にも出場しているという。秋に地元で開催されるクリテリウムの一般の部において、出場を始めてから表彰台を逃したことがないのが迅さんの自慢である。

最後に迅さんに、将来の夢を聞いてみた。うーん、と腕組みでしばらく首を捻っていた迅さんだったが、ぽん、と手を叩いてこう言った。

「パリにうちの支店出して、ツールの中継で宣伝して貰うことっスかね!」

楽しげに夢を語ってくれた迅さん。
もちろんそのツールでは、小野田選手ら、田所パンでエネルギー補給をして大きくなった選手たちが走っていることだろう。

迅さんの夢が実現する日を、我々もともに目にしたいものである。

お腹いっぱい、夢いっぱい。

胸も腹も、そしてバッグの中も一杯にして、記者は帰途に就いた。そう、この道は小野田選手が毎週秋葉原に通った道である。そう考えると脚の疲れもなにやら心地よく、鼻歌のひとつも出ようと言うものだ。もちろん歌う曲は……。

途中、「自転車乗りのためのあんパン」をさっそくいただいた。疲れた身体に沁み入る甘さ! 店で食べたときよりいっそう美味しく感じる。

自転車乗りのためのパン屋、田所パン。ぜひ一度訪れてみてはいかがだろうか。

photo by Pixabay / 舞響(@mayura_kumayura

2016/04/17追記:当記事をご覧下さった舞響様が、なんと田所パンの人気商品「自転車乗りのあんパン」を再現して下さいました!記事の記載通り、「ライ麦、全粒粉入り、イーストの一部に天然酵母使用」とのことです。
掲載許可をいただき、あんパンの写真を舞響様制作・撮影のものに差し替えいたしました。 舞響様、ありがとうございました!

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サイクルタイム編集長
編集長兼サイト制作者。某箱根の山神の走りに惚れ込み、高校生たちのレースを追いかけている内に、気がつけばこんなところまで来てしまいました。選手たちの勇姿は勿論、自転車に関わるさまざまな人々の魅力を多方面からお伝えして行ければと思います。