運び屋・荒北靖友 念願のモニュメント初制覇!

運び屋・荒北靖友 念願のモニュメント初制覇!

レースレポート:ツール・デ・フランドル

ワンデーレーサーならば一度は夢に見る勝利がある。歴史あるクラシックレースの中でも一段と格式高く華やかな五つのレース「モニュメント」の制覇。

荒北靖友(日本、カンプレ・モリダ)は夢が叶う寸前、後続選手が遥か後方にいることを確認、右腕を二度大きく突き上げて大きな喜びを表した。そして、自転車の前輪を浮かせたウィリーポーズでゴールすると、右手で何度も自転車を指さして見せた。

サドル下に取り付けられたゼッケン番号は141、ヴィンツェンツォ・スターレンス(ベルギー)の物だった。

無数のアップダウンと荒れた石畳 255キロに及ぶ過酷なレース

 4月3日に開催されたツール・デ・フランドル(ロンド・ファン・フラーンデレン)は、100回を超える長い歴史とテクニカルなコース設定から「クラシックの王様」の異名を取る。同格のレースは4月10日開催のパリ~ルーベのみで、こちらは対をなすように「クラシックの女王」と呼ばれている。これらを上回るレースは9月開催の世界選手権大会ただ一つだ。

全長255キロの長大な道程は、細く曲がりくねった農道と凹凸の激しい石畳に覆われた急坂で占められており、選手の肉体のみならず機材にも大きなダメージを与えて彼らの前進を阻んだ。

レース後半から2度に渡って登場する激坂「パテルベルグ」(全長360m、平均12.9% 最大20.3%)、そしてフランドル名物激坂「コッペンベルグ」(全長600m、平均11.6%、最大22%)は、今年も選手たちに「自転車を降りて歩く」という屈辱を強いた。

サミュエル・バーン(アメリカ、DMC)は痛々しい顔の擦過傷を指さしながら「自転車を押して上がるなんて選手としてのプライドが許さない。けれど、コースが僕たちを膝まづかせるんだ。勝ちを逸って無理やり自転車に跨った選手はもう一度石畳にキスさせられる。運と勘のいい実力者だけが逃げられるレースなんだ」と悔しさを滲ませて取材陣に語った。

波瀾尽くしの大混戦

ツール・デ・フランドルらしからぬ突き抜ける様な青空の下、プロトンはスタート地ブルージュを旅立った。

アクチュアルスタートを切ってからすぐさま6名の逃げ集団が形成され、プロトンはこれを容認。優勝候補たちはプロトンの中で息を顰めながらも、石畳でのトラブルを警戒してか、5分以上のタイム差を許さなかった。

石畳を潜り抜けるごとにメカニカルトラブルの対処に追われたチームカーが前後し、人車入り乱れた隊列が長く形成された。集団復帰を目指した選手たちがトレインを組んで加速を始める中、選手同士の接触や道端のダートにはまり込むなどして次々と落車が発生。今大会と一週間後に控えたパリ~ルーベでの表彰台を期待されたダン・フェルヴェッケン(ベルギー、DMC)、アレッシオ・トゥルーリ(イタリア、シンコフ)が鎖骨骨折により大会を後にするなど、100キロ地点までに参加選手の一割がアクシデントによって姿を消すという異例の大混戦となった。

 210キロ地点に漕ぎつけた選手たちをさらに引き裂いたのは、大会名物超激坂コッペンベルグ(全長600m、平均11.6%、最大22%)だ。逃げ集団がもがきあがり、更に坂序盤でアタックを仕掛けた第二グループが猛追する。その後ろで置き去られたプロトン前方の選手が力尽きた。選手たちは次々と自転車を降り、シクロクロスさながらに押して駆け上がる者、肩に担ぎ上げて重苦しい足取りで坂を踏みしめる者に分かれ、ほとんどの選手のツール・デ・フランドルがここで終わりを告げた。

 勝利を狙うことを許されたのはわずか50名。ファスティナとシンコフが中心となって率いるプロトンは一度逃げを吸収し、クルイスベルグ(全長1000m、平均6,.5%、最大9%)で再び7名の強力な逃げ集団が形成された。

優勝候補たちの誤算

 優勝候補の一角アンリ・クライン(ドイツ、ファスティナ)ら圧倒的格上の相手に対して、今期からカンプレ・モリダに所属する荒北靖友(日本)が三度目のオーデクワレモント(全長2200m、平均勾配4%、最大勾配11.6%)で攻勢に出た。

ベテランたちの誤算は彼を単独で逃がしてしまったことだ。

するりとクラインの横をすり抜けていった荒北に追走はかからなかった。最後の石畳を走り切り、平坦の舗装路に出るとTTポジションへ移行。例年のフランドルからは考えられないほどの好晴の中、後方集団に一時は50秒の差をつける剛脚を見せつけた。

ゴール寸前まで後ろを顧みなかった若者の決死の独走は実を結び、最終的にはアンリら後続集団に30秒近い大差をつけての大金星となった。

荒北「最高の誕生日プレゼントだ」

先日、4月2日に27歳の誕生日を迎えた荒北は満面の笑みで表彰台に立った。今シーズン2回目の表彰台だが、ポディウムガールのキスをもらうのは初めてだ。プロ生活4年目にして初のワールドツアーチームでの活動となる20〷年、好調なシーズン序盤となった。

レース直後の公式インタビューで「仲間に最高の誕生日プレゼントをもらった。気付いた人もいると思うけど、ゴールした時に乗っていた自転車はエースのヴィンス(ヴィンツェンツォ・スターレンス)の物だ。シュテインビークドリシュの手前でパンクした自分に「誕生日プレゼントだ」と言って自転車ごと渡してくれたんだ。機材交換のロスが最小限で済んだことが勝利に首の皮一枚で食らいつけた大きな要因だった。パンクした場所も運が良かったと思う。モニュメントでの勝利をプレゼントしてくれたチームの皆に感謝したい」と覚えたてのイタリア語で語った。

 3月19日に開催されたミラノ~サンレモで、スターレンスを表彰台の頂点に送り込んだ若き運び屋が、今度はスターレンスに背中を押される形で選手人生に燦然と輝く勝利を手に入れた。

モニュメント覇者・荒北靖友選手独占インタビューはこちら

 

※レース名、荒北靖友以外の人物名、チーム名等は、記者の捏造による

※別記事とはパラレル設定で作成された記事です

photo credit: Tour of Flanders 2010 – The Muur via photopin (license)

 

 

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桐原十六夜
スポーツ選手に憧れること早十数年。テニス、アメフト、野球にバスケと長らく球技を愛好してきました。(もっぱら応援専門でしたが!) ロードレースとの出会いは小説。 本物が見たい!と足を運んだインターハイ神奈川県大会でその魅力に憑りつかれ、気が付けばCYCLETIMEの記者として世界を飛び回る生活に。 レースレポートを中心に、選手たちの活躍を読者の皆様にお届けします!!